下記は毎日新聞 2010年7月25日(日)16面記事の転載です(関係各位の許諾済※)。各私立高校の教育方針が語られており、比較できるという意味でも興味深いものと思われます。

教育特集:「リーダー力をどう育てるか」 第1回
自分で考える子供に

 次代を担う若者の育成に当たる学校の指導者たちが独自の教育方針について語るシリーズ「リーダー力をどう育てるか」第1回(毎日新聞社主催、日能研協賛)が7月4日、東京都文京区の東洋大白山キャンパスと横浜市西区のはまぎんホールの2会場で開かれました。開成中高の芳野俊彦校長の講演と、栄光学園中高、桐朋中高、武蔵高中の校長・教頭による座談会などが行われ、両会場計約1200人の親子連れや教育関係者らが熱心に耳を傾けました。

◆講演

■開成中高(東京都荒川区)芳野俊彦(よしの・としひこ)校長

◇根源を見抜き 常に前向きで 力強く実践を

 開成でどういう教育をしているかということを例に、私個人が教育やリーダーについて考えていることをお話しします。

 人はそれぞれ生まれながらの資質があります。後天的に変わっていく面もありますが、トータルでの資質は人それぞれ固有です。教育の目標は、本人の固有の資質を十分に引き出すことで、それが本人の幸せにつながります。その資質を発揮することで、世の中に寄与するようになってもらうことが最終的な目標です。

 リーダーとは、いま申し上げたことの延長線上にあると思います。一つは、物事を根源的にとらえる力、本質を見抜く力がある人。それと、常に前向きの姿勢で創造的な思考があることが必要です。革新性が必要になることもあります。第三に、力強く実践できる人です。重要なのは、それにプラスして、世の中に対する奉仕の精神、広い意味でのサービス精神があることです。

 本校は、生徒の能力の「ばね」を伸ばすのではなく、もう一度つくり直し、より大きなものにします。生徒には「自分自身で多くのものを吸収しなければならない」と伝えています。氷山の例えで「見えざる部分を多く持つようにするのが君たちのやるべきことだ」と言っています。表面的ではなく、中身を充実させる準備をすることが重要だと思っています。

 では、「物事を根源的に考える」とはどういうことか。私どもは、自主的に取り組むということを大切にしています。表面的な知識を暗記させるのは勉強ではない。生徒にさまざまな問題を投げかけて自分で考えさせる。そうするといろいろな考え方をするようになり、物事を根源的に考える習慣がつく。それは回り回ってリーダーになった時に一番大切なことなのです。

 私は開成の校長になる前まで、大学で光の研究をしていました。リーダーというのは3通りに分けられると思います。一つは太陽光線型。人に安らぎを与え、やる気を起こさせる。一方、レーザー光線型は、鋭くぐいぐいみんなを引っ張っていく。織田信長タイプと言っていいかもしれません。また、灯台型、管制塔型と言いますか、遠くで光っていてみんなの目標になる人です。リーダー論として私が言うのは「自分の個性にふさわしいタイプで進みなさい」ということです。

 このほか、私が生徒によく言うのは「何事においても、人のせいにしない自分になれたかどうか、自問してください」ということです。人のせいにして自分は満足しても、自分自身はなにも変わってないんです。「周りの人と比較するのではなく、人よりはるかに突き抜けなさい」と言っています。いい成績をとったということも、根源的にはあまり意味がありません。いかに多くの準備をしたかということが大事なんです。

 これから中学、大学を選ぶことになりますが、自分を方向づける進路が大きな関心事でしょう。特に高校生となると、悩む生徒は多いですね。その時に比喩(ひゆ)で申し上げるのは、太陽光線を集める「虫めがね」です。黒い紙を置くと、晴天の日には燃え上がります。勉強するということは、レンズそのものを大きくするということなんです。自分の将来の専門は「焦点」ということになります。レンズのあらゆる場所にあたった光線が集約する。だから、幅広く勉強しておくことが大切なんです。一番良くないのが、レンズが小さいこと。温度だって上がらない。

 お子さんを育てる際、こうした視点を持つことは大切です。「将来に関係ないからやめなさい」というフィルターをかけるのは、その子を大きくすることにならない。教育の根幹は、学校と家庭の両輪です。役割が違う。学校は生徒を指導する。ストレスを与えるということですね。家庭はストレスをできるだけ排除して、バックアップする場所なのです。本人の人柄、向上心、忍耐力、正義感のようなものは、家庭から生まれます。

 子どもが土壌に育つ樹だとすれば、家庭は地下水脈だと思います。根っこからお子さんに養分を与える水脈です。樹は地下水脈がないと枯れてしまう。また、家庭はお子さんにとって社会の窓口でもあります。何気ない親の会話でも、子どもはその内容から社会の仕組みを探っている。学校ではなかなかできないことです。

 世の中と違って、家庭はお子さんを長く眺めることができる最初で最後の場所なんですね。生徒と話すと、「親は自分をいつも信頼し、長い目で見てくれて感謝している」と言います。そういう子は自立も早いし、いい形で成長している場合が多い。「長い目でみる」ということはなかなか難しいけれど、親の気持ち次第でできることですので、ぜひ実践していってください。


◆教育方針紹介

 栄光学園中高の金子好光校長、桐朋中高の片岡哲郎校長、武蔵高中の梶取弘昌教頭の3人がそれぞれの学校のユニークな教育方針や校風などを紹介しました。

■栄光学園中高(神奈川県鎌倉市)金子好光(かねこ・よしみつ)校長

◇他者のために、他者とともに

 「より誠実な人」「よりよい社会人」。本校はキリスト教の中のカトリック教会に属する修道会で、イエズス会が設立母体になっています。創設者イグナチオの精神、その世界観、人間観、倫理観を基盤にしています。6年一貫の倫理という時間があり、子どもたちにその世界観や人間観を指導していきます。宗教の強制はしませんが、関心があれば勉強の機会は保証します。

 生徒には「愛と正義と平和に満ちた世界」の実現のために変革する意欲と力を持った人間になってほしい。ただ順応するだけではなく、よりよい社会を築くパワーを持ってもらいたい。求める行動の原点は「men for others with others」に帰着します。これが教育理念です。

 直訳すると「他者のために生きることができる人、他者とともに生きることができる人」。この他者をさらに一歩深めて「option for the poor」も大切です。「進んで弱い側に立つ選択」という意味です。そのためには、今の自分に満足せず常に上を目指し、「素直な心」や「克己心」、実行力を兼ね備えてほしい。

■桐朋中高(東京都国立市)片岡哲郎(かたおか・てつろう)校長

◇「自ら選ぶ」自由を愛する

 桐朋を語る時、まず第一に引用されるキーワードは「自由を愛し、自主性を尊重する校風」です。自由を尊重する学校は全国に星の数ほどあります。しかし桐朋の校風には特別な裏付け、こだわりがあります。

 桐朋は1941(昭和16)年に開校した山水(やまみず)中学校が前身です。軍人子弟教育を目的とする学校だったので、敗戦時「廃校やむなし」という機運でした。しかし、先輩たちは「教育の火を消してはいけない」と奔走し、ある条件の下で再スタートを切りました。それは、当時の東京文理科大学(後の東京教育大、筑波大)などの協力・指導を受けること。この大学の務台理作学長を初代校長に迎えて再出発しました。

 務台校長は、戦後すぐに制定された教育基本法の原案作成者の一人。私たちが今、教育目標としている「自主・敬愛・勤労」は、教育基本法の1条、2条からの言葉です。私たちは自由を「人間らしく生きるために最も大切にすべきもの」と言っています。自ら選びとった進路に向けて自分の道を切り開いていくあり方を桐朋のスタンダードであると考えています。

■武蔵高中(東京都練馬区)梶取弘昌(かじとり・ひろまさ)教頭

◇一人一人の「型」を大事に

 本校の教育の基本として「本物教育」「自調自考」などの柱を挙げています。

 「本物教育」とは何か。中学の理科は実験が主体です。対象を自分の目で見て自分の手で書かないと、細かい様子はわかりません。疑問があれば調べる。これが一番大切です。国語では中学から変体仮名を読みます。昔の資料を読み解くことによってしかわからないことがあるからです。

 次に「自調自考」。自ら調べ、自ら考えることですが、口で言うほどやさしくはないんです。学問は簡単に身に着くものではありません。大人になって10年、20年、30年たって、初めて理解できることもあります。理解できないまま死んでいくかもしれません。大事なことは答えを見つけることではなく、その過程を楽しむ気持ちを持ってほしい。

 では、武蔵では教育をどのように考えているのか。武蔵の型にはめこむのではなく、一人一人の型を大事にしながら、ちょっと色をつけてあげる。これが教育かなと思っています。子どもたちが育つだけでなく、教員も一緒に育っていきたいとも考えています。

◆3校座談会

◇行事から学びを/自己表現磨こう/「まね」から始まる

 司会(田中義郎・桜美林大教授) どういう世界観を持った子どもたちをつくりたいか。リーダー観を教えてください。

 栄光(金子好光校長) 栄光学園は180人の計4クラスで6年間、子どもから大人に変わる時期に、こちらが提供する同じプログラムをみんなで一緒に体験します。その中で生徒の企画で動くいろんな行事がいっぱいあります。ここで得られる人間関係の中で、将来世の中に出た時の人間同士の距離感の持ち方や教育理念の体現などを学びます。そこから得られるリーダー像は「仕えるリーダー」です。

 うちは教員の異動がないので、卒業して20年後、学校に来ても当時の教員が学校にまだいることは大きなことです。社会に出て苦しくなって訪ねてくる子もいます。そうした人間のかかわりが、リーダー力につながっていくんではないかと思います。

 司会 リーダーというと、ケネディやオバマ米大統領らをイメージしますが……。

 桐朋(片岡哲郎校長) オバマ大統領は人々の心を動かす、力のある言葉を発信するカリスマ性を持ったリーダーのイメージですが、クラス全員がオバマだったら、担任はさぞ大変でしょうね。

 例えば生徒会役員というのは、ある意味でリーダーです。しかし、生徒会活動に積極的な興味、関心を持たない生徒が多く、生徒会活動を充実させるのはなかなか難しい時代です。そんな中、昨年度の桐朋高校生徒会が力を入れたのは、広報誌の発行でした。

 昨年、大江健三郎さんを招いて講演会を開催しましたが、生徒会の生徒が大江さんのお話を聞き、そこで引用された外国の作家や難解な用語などを徹底的に調べた上で、キチッと自分たちの意見を添えた広報誌を発行しました。時代を代表する知性に対し、知性で応えようとする姿勢は、その後、2号、3号と広報誌を発行するにつれて周囲に共鳴していきました。リーダーは自己表現する手段をしっかり持っていなければなりませんし、質を伴っていることが大切です。

 武蔵(梶取弘昌教頭) 本校では、元首相の宮沢喜一さんが卒業生です。最近では、年越し派遣村の村長を務めた湯浅誠君もいます。いろいろなタイプのリーダーがいるんですね。社会への発信の仕方もさまざまです。リーダーにはいろいろなタイプがあっていいと思います。

 うちの生徒でよく「自分で考えました」と言って、資料を何も見ずにリポートを書いてくる子がいます。でも私は「それは違うんだよ」と言います。中学生の段階で、それはまだ無理なんです。伝統芸能の世界では、まず型をまねる。それはとても大事なものなんです。同じ型を使っていても、一流になればその型から出ていきます。まずはまねをしてから自分の型をつくる。そうして自己を確立していくと、社会を読み取る力ができてくると思います。

<以上>※転載にあたって、毎日新聞社ならびに各校長・教頭先生にお願いして了解を得ております。