同窓生インタビュー

「Dr.634にきけ」第5回 54期 有馬陽一氏『慢性期医療とリビング・ウィル』

Dr634にきけ第5回

「ドクター634にきけ」は、医療関係の第一線でご活躍中の同窓生に、専門的な話をわかりやすくご説明いただくものです。
第5回は、有馬陽一先生(54期)。テーマは皆様も気になる「慢性期医療とリビング・ウィル」。
なお、記事についてご質問がございましたら、ページ最下部の事務局宛メールへお願いします。

慢性期医療とリビング・ウィル

 

54期有馬陽一先生

54期 有馬陽一氏 京浜病院

プロフィール

 福岡県生まれ、埼玉県所沢育ち、現在品川区在住。鉄道研究部。
1987年東邦大学医学部卒業、同大学医学部付属大橋病院第三外科(現東邦大学医療センター大橋病院外科)に勤務。2004年に乳腺外科助教、同救急部を経て、2012年に京浜会・新京浜病院に就職、翌年11月に院長就任。2024年現在、新京浜病院の建替え工事に伴い京浜会・京浜病院に勤務中。
東邦大学医学部客員講師・日本外科学会専門医・日本慢性期医療協会認定医・日本乳癌学会認定医・日本化学療法学会抗菌化学療法認定医・日本臨床腸内微生物学会理事・日本外科感染症学会評議員。

今の私はどんな医者なのか

 「慢性期の医療施設で、高齢患者の病気を治したり治さなかったりしています」
  今の自分の仕事を紹介する際に、ざっくばらんな席であれば、そんなふうに説明することがあります。
 「患者を治さない医者なんて、いるのか?」と思われた読者の方々、いらっしゃいませんでしたか? そこがツッコミどころですよね。その一方で、「あ、そうなんだね、いわんとしていることはわかるよ」とおっしゃるあなた、きっと“同業者”ですね。
いずれにせよ、このたび、私にも「Dr.634にきけ」の順番が回ってまいりましたので、そのような内容をテーマに、この原稿を書き始めようと思います。

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イシャというものに対する世間のイメージとのギャップ

 皆さんは、医師と聞いてどのようなものを思い起こすでしょうか。テレビなどではよく、難病に立ち向かう「スーパードクター」や「救急救命24時!」といった番組が放映されたり、あるいはドラマでは「私、失敗しないので」とか口走る女医が出てきたりします。これらは皆、「超急性期・急性期」の医療がテーマになっており、かつては私もプロフィールにもあるように、大学病院の外科医(一時は救急部医師)でした。
 その後、縁あって現在は東京の大田区内にある個人病院に勤務しています。ここは大学病院の関連病院の一つで、大学病院の医師たちが非常勤で仕事(いわゆるアルバイト)ができる所です。私も非常勤医師としてお世話になっているうちに、今の院長先生から熱心に誘われた結果、あらためて今から12年ほど前に常勤医として就職したわけです。
 この病院は、大学病院とは全く違った「慢性期療養」の世界であり、非常勤での経験からすでに多少わかってはいたものの、私の医療に対する意識・立場が180度変わることとなったのです。

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「先生、どうして治しちゃったんですか?」

 これは、療養病床の担当医となって未だ日が浅い頃に、ある超高齢の重症の肺炎患者を、苦労して治療した末に救命した際に自分に向けられたクレームです。私がキイパーソン(病院側との窓口になっていただいているご家族や親類縁者)に向かって、得意げに「抗生物質の効きにくい、多剤耐性菌によって肺炎を起こしていましたが、有効な薬を選んで対処して治すことができました!」と説明したときの、相手の反応がそれだったのです。ちなみに、彼は縁の遠い唯一の患者の親戚であり、半ば仕方なく役割を背負ったような立場で、普段のお見舞いもほとんど無かったような方でした。
 本来医者の仕事とは、患者の命を救ってナンボの世界であったはずです。大学病院時代には、患者本人から「お陰様ですっかり良くなりました。ありがとうございました」と感謝されることに慣れていた身としては、予想外であり、ある意味新鮮な体験でした。確かに、もともと自力では飲食ができないほど衰弱していた超高齢者であり、肺炎は治ったものの、誰ともコミュニケイションをとれず、ただただベッドに寝たきりとなって生き続けているだけなのでした。そのような現状を見るにつけ、自分の行っていることに一体どんな意味があるのだろう、と考えさせられるものがありました。
 結局、この患者の方はその後も肺炎を繰り返しながら老衰の域に達し、件のキイパーソンとの間の、無理な延命は控えるという方針の確認のもとにお看取りとなりました。そして、「お陰様で、天寿を全うさせることができたと思います。ありがとうございました」と、最期には感謝されたのでした。

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病院を退院しても自宅へ戻れない人びと

 当院は、かつての療養病床から現在では障害者一般病床と制度上呼ばれる医療施設へと変遷してきましたが、一貫して「慢性期医療」を担っております。すなわち、主に完治が困難で長期にわたって(場合によっては一生)付き合うことになる疾患、たとえば慢性腎不全や心不全あるいは脳卒中(脳血管障害)の後遺症や脊髄損傷、パーキンソン病などの難病、さらには認知症などが対象です(まれに癌の末期のケースもあります)。
 これらの入院患者は、ほぼ全員といってよいほど、他の病院から転院してきた方ばかりで、次のような流れが典型的です。まず、仮にある高齢の方が、家で脳卒中を発症したとします。ご家族に発見されて、救急車で救命救急センターなどに運ばれ急性期治療を受けて、うまくゆけば一命を取り留めることができます。これがもし働き盛りの中年期のケースであれば、その後リハビリテイションの末に社会復帰への道が開かれるところですが、高齢者であるために違った展開になることが多々あるのです。
 病院というのは病気や怪我を治すところであり、治った患者は退院して家に帰れるはず、と思われるかもしれません。ところが、治療のための入院生活の課程で、身体能力や場合によっては精神能力も低下してしまい、退院後の自宅での生活に困難をきたすことが危惧されると、家族が引き取りに難色を示しがちです。ましてや、入院前のの状態が、とくに認知症がひどい場合のように、すでにその介護で疲れきってしまっていたパターンであったならば、なおさらです。
 入院中は介護から一時的に離れてリフレッシュをはかれ(いわゆるレスパイト)、介護負担の軽減を実感した家族は、それをきっかけとして、自宅への退院ではなく老人ホームなどの介護施設へ入居させることを希望することも少なくありません。しかし、もしも治療後も病状がすっきりとは安定せず、肺炎などのように病気を何度もぶり返すリスクが高いケースであれば、介護施設では受け入れてもらえない場合も多く見られるのが現実です。
 そのようなわけで、高齢に加えて病気がきっかけとなり心身ともに非常に衰弱してしまい(なかには意識が無く、いわゆる植物状態の患者も)、自宅はもちろん介護施設での生活も困難と考えられるために、慢性期医療施設での入院生活を余儀なくされる方が、たくさんいらっしゃいます。ですので、我が国においてその受け皿は必要であり、私どももその一端を担っているのです。
 なお、少ないながらも患者に家族がいる場合はまだしも、天涯孤独な独居老人などの患者のケースでは、問題はさらに深刻です。今後ますます高齢化が進むことを考えると、慢性期医療のあり方は重要な課題と認識されるべきなのです。

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あなたも私もいつかは必ず迎える最期は、どうあって欲しいですか?

 多くの方は、「自分が死ぬときは、ぽっくり逝きたいね」とか、「ピンピンコロリがいいね」などとお考えのことと思います。しかし、自宅の畳のうえでそのような理想的な大往生が思い通りに叶えられるかというと、必ずしもとそうとは限らないのが現実です。すでに述べた通り、周囲の人の思惑により救急車で病院に運ばれ、医者の手によって不本意な形で生かされてしまい、そのまま病院で残りの人生を送る可能性も十分に有り得るのです。かくして、今や多くのヒトの死に場所といえば、かつてのように自宅ではなくて病院になってしまったのです。
 医師は、いかにしてヒトの生命を維持させることができるか、という知識も技術も、そしてそのための手段・道具も、様ざま持ち合わせています。しかしながら、そのような準備があっても一方的な判断で実行してよいかどうかは別問題であると、近年では考えられるようになってきました。具体的にいえば、もはや回復が望めない意識障害や老衰の患者が、チューブ類や人工呼吸器につながれて延命されているような状況に対する反省が、医療関係者の間で見られているのです。我われ慢性期医療に携わる者としては、患者の望まない無理な延命は戒めるべき、と考えております。
 そのようなわけで、皆さんには、自分にとってのいよいよのときには「こうして欲しい、こんなことはしないで欲しい」という、事前の医療・ケアの選択についての意思表示(いわゆるリビング・ウィル)を、まだ頭がはっきりしているうちに、周りの人に伝えておくことをおすすめします。もちろん、お一人で悩むことはなく、みんなであらかじめ話し合っておくこと(アドバンス・ケア・プランニング、あるいは厚労省の提唱している人生会議 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html)が大事であるといわれています。
 以上、私の拙い文章が、皆様の人生にとって何かのお役に立てれば幸いです。

以上
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